イギリス出身で現在コペンハーゲン在住の彫刻家、ニコラス・シュレイ。彼が作品に使う材料はコペンハーゲンの公園などで伐採される「もう必要のなくなった木たち」。イギリスに生まれた彼がどのような思いでこの地で活動するのか聞いた。
イギリス出身とのことですが、デンマークに来たきっかけは何ですか?
仕事を辞めて、ロンドンから自転車でバケーションに来たのがきっかけです。キャンプ道具一式を積んで、3週間かかりましたよ。そしたらデンマークの自然がすごく気に入って。コペンハーゲンのクラフトとデザインにも惹かれました。ここの大学で建築のマスターコースを学んで、卒業後はコペンハーゲンの建築デザイン事務所に所属していました。デンマークに来てからは8年です。
建築を学ばれていたんですね。彫刻家になったのはなぜですか?
幼い時から郊外の深い森で遊んでいたこともあり、やはり自然や自分の手を動かしてものづくりをすることが好きだなと。建築家から転向する際には、スイスの牧場でファームステイして農場の仕事を手伝いながら、アーティストで羊飼いでもあったオーナーの元で彫刻の基礎を学びました。スイスで一夏過ごした後はデンマークに戻り、彫刻刀を手に入れ、住まいのアパートの庭で木材の研究をしていました。
作品にはどのような木材を使われているのでしょう?
スカンジナビア地方の、できるだけ地元にある木を使っています。そうすると木の種類や色などにどうしても限りが出てきてしまうので、仕上げに関してはクリエイティブになるように意識しています。木を焼いたり、自然の染料を使って色の幅もなるべく広く見せられるようにしています。
地元の木というのはどのように手に入れるのですか?
樹木の管理や治療をする専門家に何人か知り合いがいます。例えば、風で倒れてしまった木はそのままだと危険なので撤去したりしますよね。そういった木というのは価値がないとみなされ、カットして燃やすんです。でも実はなかには美しく高いクオリティの木もあります。そういったものを専門家の人たちに聞き回ってもらってくるんです。
そういう専門家を英語で"tree surgeon(木の外科医)"と呼ぶのですが、素晴らしい名前ですよね。
日本語では樹医ですね。英語と同じく、木のお医者さんです。
デンマークにも森を管理する仕事を表す言葉があって、英語に訳すと"forest knight(森の騎士)"ですね。僕がここに引っ越してきてからは、デンマークの言葉に関心を持っています。デンマークでは木を表す言葉はひとつだけ。英語では"wood"と"tree"の2つに分かれていて、前者はマテリアル(素材)として、後者はオーガニズム(生命体)としての意味です。でもデンマークではひとつの認識なんです。その感覚は作品を作っているときに大切にしています。
その感覚とは、具体的にどういったことでしょう?
僕が彫刻で扱っている木は生木です。生木はまだ切ったばかりで乾燥しきっていない木で、生きている生の素材。通常の木は例えば家具に使いたかったら、割れたり変形したりしないように2年くらい乾かしたりしますよね。でも生木は、まだ地に根を張っている木を直接使うのに近い感じで、「生きてる」という感じがするんです。
乾燥させきっていない木は、時が経つと割れたり変形したりしますよね?作品に影響しませんか。
作品を作りながらゆっくりと木を乾かしていきます。それでも割れていくこともありますが、その予測できない点も好きなんです。ありのままを受け入れて、その突然のことに自分がリアクションして作品になっていきます。
作品をつくるときは最初にイメージがあるのですか?
はじめからこれを作る!と決めないで、素材となる木からインスピレーションを得るほうが好きです。木片の形や性質は本当にさまざま。まず素材を知り節目などを研究します。生木の皮を剥ぎ、ゆっくりと乾燥させると木本来の性質が浮かび上がってくる。それを見極めて形を決めていく点に面白さを感じます。
あなたの作品は穏やかなカーブや窪み、くびれなど自然を受け入れたオーガニックなフォルムが印象的ですね。その感覚は日本人もすごくあって、だからスッと入ってくる気がします。
曲線に関してはいろいろな物体の研究をしています。自然のものから、例えばプロペラとか飛行機の翼といった人工のものまでがインスピレーションの源になっています。優れた彫刻は、見る人に触りたいと思わせますよね。
デンマークは木の家具が有名な国だと思いますが、そういった文化からは影響を受けていますか?
個人的にはデンマーク特有の品質の高い木も良いですが、材料費も高くなるというのもあって。実際ここでは倒木とかでもクオリティの高い木が手に入るんです。だから捨てたりしないで、それをもっと使うべきだと思っています。伝統的なデンマークの家具の技術にはインスパイアされていますね。木の性質を活かして強度を維持する木の削り方とか、無駄になる部分を少なくするとか。
あなたにとってアートは何でしょう?
アートという言葉を定義するのはとても難しいですね。彫刻に限定すると、私は「飾るためのもの」という意味合いでやっています。アートという言葉はもう少し高尚というか、哲学とか理念的な意味にも取れるので、僕自身はアーティストというよりも彫刻家といった方が良い気がします。私にとって彫刻は重要なもので、それが装飾的なのはその背後にストーリーがあるからなんです。作品を作ることでストーリーテリングをしている、という感覚ですね。
仕事とプライベートのバランスはどのように取っていますか?
仕事の時間が多いですね。デンマーク人のようなワークライフバランスを保てていないのかもしれないですね。でも僕はこの仕事が好きで情熱を持って取り組んでいるし、自分のアイデンティティでもあります。仕事と感じていないのでプライベートと分けていないですね。
北欧は幸福度が高いと言われていますが、幸せに暮らすためのコツはありますか?
忙しいけれど自分のやっていることに意味を感じている。それが幸せですね。
あと夏は川で泳ぎます。仕事行く時に泳ぎ、ランチライムに泳ぎ、帰るときにも泳ぎ。1日に何回も。ロンドンでは川で泳げないんです。セーリングするボートも持っていて。
ロンドンにはリラックスするために森に行ったりするライフスタイルがないんです。森に行って自転車に乗ったりすると、人生の質が変わると思います。
※作品は自由が丘店にて展示販売中です。オンラインでの取り扱いはありません。
イギリス生まれ、コペンハーゲン在住の彫刻家。大学で建築を学び、卒業後は建築デザイン事務所SpaceCopenhagenに所属。後にアーティストに転向。スイスの牧場で一夏ファームステイしながら、アーティスト兼羊飼いのオーナーのもとで彫刻の基礎を学ぶ。
彼が使う材料は、コペンハーゲンの公園などで伐採されるもう必要のなくなった木たち。その木本来の性質を研究し、ゆっくりと木と対話しながら作品制作を行う。木、それ自体や石や植物など自然の中にあるオブジェやフォルムに惹かれる一方、プロペラや飛行機の翼などの機械的な人工物の形もインスピレーションの源、と語る。作品である木の彫刻は美しいラインと木の塊が生み出すある種の緊張感が特徴的。緩やかな曲線やくびれ、オーガニックなフォルムは見る人の感情を揺さぶりさまざまなイメージを与える。