Life in Art アートのある暮らし

Interviews

「アートのある暮らし」とは一体どんなものでしょう
様々な分野で活躍する方々にインタビューした
それぞれの「アートのある暮らし」についての
アイデアをご紹介します

KAZUTO KOBAYASHI 小林 和人

機能と作用の有用性、暮らしの余白に響くもの

小林さんにとっての「アート」とは?

一般的には現代美術の様にコンセプトありきみたいなものとして捉えられがちだと思うんですけど、自分は少し工藝に寄ったようなアプローチの作品の方に興味があるのかもしれません。道具として作られているものもそうじゃないものも、作り手が関わって出来た物も、自然が生み出した物も、ニュートラルに暮らしに取り入れていきたいなと思っています。

物の存在意義って、道具としての有用性だけではないんじゃないかなと思うんです。そこから少し外れた余白に位置する物としての役目というのもあるのではないかと。例えばコップは、まず飲み物を一カ所に留めて手で保持し、口元まで運んで流し込むという一連の動きを可能にする、そういった特定の目的を遂行するための条件を満たす働きの事を「機能」と言うと思うんですが、一方で、このコップで飲むとなんだか落ち着くなあ、とか、自然と背筋が伸びて所作が上品になる、或いは眺めたり触れているだけで豊かな気持ちになれるというような、そういう経験って皆あると思うんですよ。

そういう目に見えないんだけど存在するであろう抽象的な働きの事を、自分は「作用」と呼んでいます。道具に限らず、今回のスタイリングに多く登場したような抽象的な形をした造形物も、精神面であったり、それが置かれた空間に何らかの価値をもたらしてくれるものと考えています。「アートのある暮らしとは?」というのは難しい質問ですが、機能だけでは割り切れない働きを持った、或る種の作用をもたらしてくれるものを生活に取り入れることなのかなと思っています。暮らしの余白に響くものを傍に添える、という様な。

もの選びやスタイリングの際に心がけていることはなんですか?

もの選びに関しては自分の場合、自分自身が惹かれたものというか、暮らしに取り入れたいとか、誰かに贈りたいなとか、そういった直感や気持ちをベースに選んでいます。ものを並べる際には、一見すると違うもの同士を敢えて隣り合わせることで何か新鮮さだったり、ピリッとしたものが生まれるといいなと思いながらやっていますね。

Kazuto Kobayashi小林 和人

1975年生まれ。『roundabout/OUTBAOUND』店主。幼少期をオーストラリアとシンガポールで過ごす。多摩美術大学卒業後、1999年に吉祥寺で国内外の生活用品を扱う店舗『roundabout』を、2008年に『OUTBOUND』をオープン。同店舗のすべての商品セレクトと店内のディスプレイ、年数回のペースで開催される展覧会の企画を手がける。

SAMIRO YUNOKI 柚木 沙弥郎

人間と血が通っているようなもの、全てがアート

柚木さんにとって「アート」とはなんですか?

前はアートなんて特別考えたことはないんですよ、というのは僕の家は絵描きの親父でしたし。だから、絵とか絵画とかそういうものは日常的にあったから、アートって特別に考えたこともないし。

ごく最近になってアートっていうものを考えたときに、僕は職業的には染色家っていうことになっているんだけどそういうものまで全部込めて、人間の作ったものはみんなアートって呼べばいいんじゃないかって思うんですよ。人が手を加えて、そこにその人の潜在的な美意識というか民族的な好みがあって、美しいと思っているか愉しいと思っているか、とにかく気に入ったものそういうもの全てがアートじゃないかって思うわけ。

だから非常に範囲が広くて、それじゃ困るんだけど。日本は細かく区分しすぎてるから。今ここで話題にするアートっていうのは、人間と血が通っているような、手がけたもの一般をアートって呼べばいいんだと思うんです。

柚木さん自身は、もの選びの基準みたいなものはお持ちですか?

必要であるファーニチャーとか道具とか、そういうものは必然性があるから 余分にはならない。要するになるべく簡単にしたいでしょ、今は僕の家なんかいい例で、ものがありすぎて捨てようと思って研究しているけど、どこから手をつけていいかわからない。

というのは、それぞれに見てるとね、見どころっていうか愛着があるね。愛着のないものは、最初から捨てちゃうもんね。結局恋人みたいなもんでさ、ほかの人から見たらなんだと思うようなものでも、その人にとってはかわいいでしょ。だから、一般的に言えばというよりも僕個人的に言えばかわいいとか、或いは恐ろしいと感じるもの。恐ろしいというのは、自分にはできないことをやっているとかそういうもの。そのものに対して敬意を表するっていうか。

Samiro Yunoki柚木 沙弥郎

1922年生まれ。柳宗悦が提唱する「民藝」との出会いを機に、芹澤_介の型染めカレンダーに魅せられ弟子入り、染色の道を志す。以来50年以上にわたり制作を続け、数多くの個展やグループ展で作品を発表する。2014年10月にはパリのMusée Guimet、岩手県立美術館での展示が好評を博す。2015年2月、渋谷・Gallery TOMで展示会を開催。2015年3月5日〜9月6日まで、フランス・ニースのMusée des Arts asiatiquesにて展示会を開催。

FUMIKO ITO 伊東 史子

人の存在を外側から支えてくれるようなもの

ご自身にとって「アート」とはどのようなものですか?

ずっとデザインの仕事をしているから、アートとデザインの違いってなんですかってクライアントに聞かれたりとか、アートとデザインとクラフトの関係を質問されてツライ思いをしてるんですよね(笑)。シチュエーションによって定義って変わっていいと思っているし、特に今、アートのマーケットが発達してきちゃって、経済からの分類もあるみたい。基本的には、人間ってその人の体だけでは生きていけなくって。或いは、食べることや寝ることだけでは生命は維持できなくって、その人の存在を外側から支えてくれるようなものが必要なんですね。

だから、そういう関係が結べるものが私にとってはアートというか、自分にとっての贅沢だなと思っているんです。贅沢って言うと、必要ないのに見栄のためや、欲しくなるものって思う人が多いと思うけど。その人にとってのアートとか、贅沢みたいなものなしに、こんなに問題だらけの人生はやってられない、人間の存在って支えられないんだよって思っていて。

関係性を結べるものとそうでないものの違いってありますか?

大袈裟な言い方をすると、その人の存在が投影して反射するかどうか。或いは、そこがなにかプリズムみたいに屈折して別の展開があるかどうか。ほとんどのものはだいたい関係なんか作れないで、物質として終わるわけですよね。そういう関係性を結べるものには「呼ばれる」し、自分もたぶん「呼び込んでいる」から、相互関係が成立するかどうかだと思うんです。人間でも、名刺交換したら知り合いになるかっていうとそうでもないじゃないですか。だけど、なにかのきっかけでこの人とは「出会った」なっていう、それは別に、がっちり信頼関係じゃなくても細い線が繋がった感じがするときってないですか? 関係って、そういうものがないと始まらない。今はそう見えないと思うけど、若いころは人間恐怖症だったので、ものの方がやっぱり近しかったんです。

それこそ大学卒業したばかりのころは世の中すべてが怖くて、霞が関ビルっていう当時一番高かったビルに毎日上って新宿方向を見ると、ビルがチカチカしていて私のことを心配してくれてるみたいな(笑)。関係が結ばれたと思い込んでる、そういう勝手な感じですけどね。ただ、じゃあ新宿の高層ビルがアートかって言われると、状況設定的なものが私にとって大切だっていうことで、美術業界的にその定義に合っているとは思っていないけど。

Fumiko Ito伊東 史子

クラマタデザイン事務所で倉俣史朗の秘書、ソットサス・アソシエイツ日本代理人を勤めた後、1994年渡伊。フィレンツェでジュエリー職人として活動。帰国後、2003年(有)パークス設立。デザインマネジメント、海外企業とのビジネスコンサルティング、出版物の企画編集、執筆、ジュエリーの設計製作などを行う。著書『フィレンツェでジュエリー職人になる』(世界文化社)、翻訳書『ジャスパー・モリソンのデザイン』(ADP出版)。